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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)7533号 判決 1987年5月08日

原告

岡本克二

被告

大阪市

ほか二名

主文

1  被告らは各自原告に対し、八四二六万八四七三円とこれに対する昭和五九年一一月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担としその余を被告らの負担とする。

4  この判決は第1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し九三一三万七三八〇円とこれに対する昭和五九年一一月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

被告上村光男(以下、「被告上村」という。)は、昭和五八年一月三一日午後五時五分頃、大型貨物自動車(最大積裁量一〇・五トン、車体の長さ一一・二メートル、登録番号大阪一一い七一四一号、以下、「加害車両」という。)を大阪市此花区春日出北一丁目三番二号先市道福島桜島線東行車線(三車線)の北側歩道寄りの車線(以下、「本件車線」という。)上に停車させるため、これを運転して同車線上を東から西に向つて後退させていたところ、加害車両の荷台後部を北側歩道(本件車線と段差のついた舗装道路で自転車通行帯を含み、その幅員は約四・九メートルである。以下、単に「歩道」という。)の本件車線寄りの部分に植栽されていた高さ約六・五メートルの街路樹(カロリナポプラ、以下、「被害木」という。)に衝突させてこれを倒伏し、折柄原動機付自転車を運転して本件車線の南側車線を走行していた原告に右被害木を直撃させ、原告をその場に転倒させた(以下、「本件事故」という。)。

原告は、本件事故により右側頭骨骨折、右側頭葉・左側頭葉硬膜下血腫、脳挫傷、左鎖骨骨折等の傷害を受けた。

2  被告らの責任

(一) 被告上村

被告上村は、歩道に接続する本件車道上を後退する大型貨物自動車を運転する者として、自車後方に障害物が存在するかどうかを確認するとともに、本件車道寄りの歩道上に被害木のような障害物が存在することを発見したときは、これと衝突することのないように自車のハンドルを操作するなどして本件のような事故を未然に防止すべき注意義務を負つていたのにこれを怠り、後方の障害物の存在を確認しないまま漫然と自車を後退させた過失によつて本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条により後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告三豊産業株式会社(以下、「被告会社」という。)の責任

被告会社は、本件事故当時加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条により後記損害を賠償する責任がある。

(三) 被告大阪市

被告大阪市は、公の営造物である被害木の管理者であるが、被害木は車道寄りの歩道上に植栽されていたものであり、本件車線上を徐行しながら車道左端に一時停車しようとする大型車両がこれに接触するようなこともありうることが予想される状況にあつたものであるから、その程度の接触によつては容易に倒れないようその強度を保持し、または、これが腐敗したり空洞化したりしたときは直ちに健全な街路樹を植え替えるなどしてその管理を全うするのでなければ、倒木に伴つて道路利用者の身体・生命・財物に危険が生ずる虞れがあり、一般通行の用に供される道路上に植栽された街路樹として通常有すべき安全性を欠く瑕疵があるものというべきである。

しかるに被害木は、本件事故当時、その根系や根元幹部分の腐朽、欠損、空洞化が著しく、徐行中の車両と接触する程度ですぐに倒れるような状態にあつたのにかかわらず、これを健全な街路樹と植え替えるなどの措置がとられないまま放置されていたものであり、そのため、前記のとおり低速で後退していた加害車両と接触しただけで倒れてしまい。本件事故が発生するにいたつたものであるから、被告大阪市は、瑕疵ある公の営造物の管理者として、国家賠償法(以下、「国賠法」という。)二条により後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 治療経過及び後遺障害

原告は、前記受傷の治療のため、(1) 昭和五八年一月三一日から同三月二二日までの間、大阪大学医学部付属病院に、(2) 昭和五八年三月二二日から同一一月一八日までの間、医療法人友愛会松本病院に、(3) 昭和五八年一一月一八日から昭和五九年二月一五日までの間、医療法人協仁会小松病院に、(4) 昭和五九年二月一五日から同月二八日までの間、星ケ丘厚生年金病院にそれぞれ入院したが、右の長期の入院治療にもかかわらず、右傷害は完治せず、原告に四肢麻痺・記銘力障害・構語障害・左同名半盲等の自賠法施行令二条別表に定める第一級三号(「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」)に該当する重篤な後遺障害を残存させたまま昭和五九年二月二八日その症状が固定した。

原告は、右後遺障害により、起立歩行が全くできず、起座・排尿・排便ですら他人の介助を受けなければならない状態にあるものであつて、その労働能力を全部喪失したものである。

(二) 治療費等 二二万六一七〇円

原告は、前記小松病院での入院治療のため同病院に対し室料差額として五万三二〇〇円を支払つたほか、片手駆動型車椅子や装具・松葉杖等を購入しその代金として一七万二九七〇円を支払つた。(なお、その他の治療費、付添看護費については、労働者災害補償保険から支払を受けた。)

(三) 入院雑費 三九万七〇〇〇円

原告は、前記の三九七日間にわたる入院期間中、一日当たり一〇〇〇円の割合による雑費を支出した。

(四) 休業損害 二三九万九四六八円

原告は、昭和三九年三月二〇日生れの本件事故当時健康な定時制高等学校の四年生で、学業の傍らアゲハ産業株式会社に勤務し、事故前三か月の間一日当たり六〇四四円の賃金を得ていたが、本件事故により前記三九七日間の入院期間中全く就労することができなかつたものであるから、原告はこの間二三九万九四六八円の得べかりし収入を喪失した。

(五) 逸失利益 五〇一三万八三八〇円

原告は、本件事故当時既に立命館大学二部勤労者特別入学試験に合格し、昭和五八年四月以降同大学二部理工学部材料コースに進学することが確定していたものであるから、本件事故に遭わなければ、同大学二部を卒業する二三歳から六七歳に至るまでの就労可能な四四年間にわたつて毎年少くとも昭和五七年賃金センサス二三歳男子労働者平均給与額(月額二〇万三二〇〇円)に相当する収入をあげえたものである。したがつて、原告の失うことになる収入総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその逸失利益の前記症状固定時における現価を算出すれば、五〇一三万八三八〇円となる。

203,200×12×20,562=50,138,380(円)

(六) 将来の介護料 三一六〇万二〇〇〇円

前記のとおりの原告の後遺障害の部位・程度に照らせば、原告は、前記症状固定時以降その平均余命である五六年間にわたり他人の介護を必要とするものであり、そのためには少なくとも一か月一〇万円の介護費用が必要である。

そこで、右介護費用総額からホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除してその症状固定時における現価を算出すれば、三一六〇万二〇〇〇円となる。

100,000×12×26,335=31,602,000(円)

(七) 慰藉料 二三〇〇万円

原告は、前記のとおり、本件事故により重傷を負い、極めて重篤な後遺障害に生涯苦しむこととなつたものであつてその被つた精神的肉体的苦痛は深甚であるから、これを慰藉するに足りる慰藉料の額としては二三〇〇万円が相当である。

(八) 弁護士費用 八〇〇万円

原告は、本訴の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として八〇〇万円を支払うことを約した。

以上合計一億一五七六万三〇一八円

4  損害の填補

原告は、本件事故による損害の賠償として被告上村及び被告会社から合計二一〇万円、自動車損害賠償責任保険から二〇〇〇万円の各支払を受けたほか、労働者災害補償保険から休業補償給付金一四五万九二一九円(以上合計、二三五五万九二一二円)の支給を受けた。

よつて、原告は、民法七〇九条に基づき被告上村に対し、自賠法三条に基づき被告会社に対し、国賠法二条に基づき被告大阪市に対し、前記3(二)ないし(八)の損害合計一億一五七六万三〇一八円から前記4の既払額を控除した九三一三万七三八〇円とこれに対する本件事故の後である昭和五九年一一月八日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告上村及び被告会社の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は否認する。すなわち、被告上村は、加害車両を時速わずか一・二八四ないし一・三六キロメートルの速度で、しかも約四・五メートル移動させる予定で後退させていた際にこれを被害木に接触させたものであるところ、その時の加害車両の被害木に対する衝撃力は一・六三トンないし一・七七トンにすぎず、しかもこの程度の微弱な衝撃力によつてでも街路樹が倒れるほど腐朽していようとは全く予見しえなかつたところであるから、右程度の速度で加害車両を後退させた被告上村にはなんら過失はない。加害車両後部が接触した被害木は、南側に傾いてその幹が本件車道上にまではみ出して植栽されていたものであるが、そのように車道にはみ出した状態で植えられておりさえしなければ、本件のような事故は発生していなかつたのであるから、いずれの点からみても、本件事故は被告大阪市の責に帰せられるべきものであつて、被告上村にはなんら責任はないというべきである。

3  同2(二)のうち、被告会社が本件事故当時加害車両を所有していたことは認める。

4  同3(一)のうち、原告が同(1)ないし(4)のとおりの経過で入院治療を受けたこと、原告に後遺障害が残つたことは認めるが、後遺障害の内容及び程度は知らない。

5  同3(二)ないし(八)の事実は、いずれも知らない。

6  同4の事実は認める。

三  請求原因に対する被告大阪市の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(三)のうち、被告大阪市が被害木の管理者であることは認めるがその余は否認する。被害木の根系や根元幹部分が腐朽、欠損、空洞化していたような事実はなく、右被害木は健全に生育し、街路樹として通常要求される程度の強度(支持力)を保持していたものである。すなわち、被害木は、本件事故発生の約半年前である昭和五七年七月三一日近畿地方に来襲した台風一〇号(最大瞬間風速二四・七メートルの暴風雨を伴つていた)の際にも倒れなかつたし、また本件事故発生の約二か月前に作業員がその枝に登つて枝を揺さぶるなどしながらこれを剪定したときも何も支障がなかつたのであるから、本件事故当時被害木の根系や根元幹部分が腐朽・空洞化してわずかの衝撃力で倒れるような状態にあつたとはとうてい考えられない。また、仮りに、被害木に若干の腐朽が生じていたとしても、その根元幹部分の強度(支持力)は、実験上四・八九八トンないし八・五七一トンであつたのであり、これは大人二七人が力を併わせて押すことによりようやく倒れるという程度の強度であるから、街路樹が通常有すべき耐久力としては十分なものであつたというべきである。それにもかかわらず被害木が倒れたのは、被告上村が左にハンドルを切りながら時速約五キロメートルの速度で全長一一・二メートル、自重九・三トンもの大型貨物自動車を後退させ、その荷台後部を歩道上に植栽されていた被害木の幹の地上高約一・九メートル付近に直撃させるという通常予測しえない事態(その際に発生する衝撃力は約六・六トンもあつた)が生じたためであるから、被害木が加害車両に衝突されて倒れたからといつて、それが街路樹として通常有すべき安全性を欠いていたことに起因するものということはできない。なお、被害木が車道の方にはみ出して植栽されていたという事実もない。

3  同3、4の事実はいずれも知らない。

四  被告会社の抗弁(自賠法三条但書の免責)

本件事故発生の状況は前記二2に記載のとおりであつて、被告上村は加害車両の運行に関し注意を怠らなかつたものであるから、被告会社は本件事故によつて生じた損害の賠償責任を負わないというべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一被告上村及び被告会社の責任

一  請求原因1の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いのないところ、原告は右事故は被告上村の過失によつて生じたものであると主張し、右被告らはこれを争うので、まずこの点について検討するに、成立に争いのない乙第一ないし第三号証、丙第七号証、検丙第三号証の四、被告上村本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  事故現場道路は、市街地を東西に通ずる幹線道路で、東行車線と西行車線とは中央分離帯で区切られ、片側には幅員約三メートルの車線が三車線設けられており、東行車線(本件車線)の北側歩道部分(自転車通行帯を含む)は、車道より約一五センチメートルの段差をつけて高くなつている。ただし、右段差は、被害木が植栽されていた場所から東側約一〇・六メートルの位置でほぼ解消され、そこが大阪府此花警察署前駐車場への出入り口となつている。また、右歩道上には、車道との境から三、四〇センチメートル内側(北側)の位置に本件車線と平行に高さ一メートルの鉄製の柵(ガードレール)が設置されているが、被害木の植栽部分(東西約一・五メートル、南北約一メートルの未舗装の土の部分)では途切れている。

2  被告上村は、本件事故当日、加害車両を運転中他の車両との接触事故を起こし、此花警察署から加害車両の見分のためこれを同署前まで運転して来るよう指示されていたので、この指示に従い、加害車両を運転して本件車線上の同署駐車場出入口付近に赴き、同所にこれを一旦停車させたところ、加害車両の前半分程(加害車両の車体の長さが一一・二メートルであることは当事者間に争いがない。)が出入口を塞ぐ状態となつたため、パトカー等の出入に支障があつてはいけないと考え、これを西の方に四、五メートル程度後退させることとした。

3  そこで、被告上村は、加害車両が左(北)側歩道上の柵(ガードレール)に接触しないよう柵に注意しながら、ハンドルをやや左に切るようにして時速約五キロメートルの速度でこれを四メートル後退させたが、歩道上の状況には全く注目していなかつたため、停車直前に加害車両荷台後部左角の地上高約一・九五ないし一・七メートルの部分を被害木の幹に接触させてしまつた。接触のシヨツクを感じた同被告は、直ちに加害車両を停車させた上、すぐにこれを前進させ、約〇・八メートル進行させたが、それと同時に被害木がほぼ真南の方向(車道側)に倒れ、本件事故の発生をみるにいたつた。

4  加害車両は、その自重が約九・三トンで、荷台最後部の底面の地上高は約一・三四メートル、後輪の中心から荷台最後部までの長さは三メートル程度であつて、本件車線上でハンドルを左に切りながらこれを後退させた場合、後輪よりも荷台最後部が左側に突き出るような状態となるが、加害車両荷台後部の左下にテイルランプやナンバープレートが取り付けられているため、荷台後部が左側の歩道上に突き出るときでも、前記ガードレールに接触しないでその上を通過することはできない状況にあつたところ、本件事故に際して加害車両と歩道上のガードレールとが接触した痕跡は全く残されていない。なお、被害木の幹の根元は車道の北側の端から約四〇センチメートルの位置にあつた。

以上の事実であつて、被告上村本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実関係に照らせば、被害木の幹のうち加害車両と接触した部分の位置は、少くとも歩道上の柵(ガードレール)よりさらに車道側に寄つたところにあつたものであり、そのため加害車両は、その荷台後部をガードレールに接触させることなく、被害木の幹とのみ接触する結果となつたものと推認するのが相当である。

しかして、以上の事実関係を前提として考えれば、被告上村としては、車体の長さ約一一・二メートル、自重約九・三トンもの長大な加害車両を運転して歩道に接続する本件車道上を前記のように後退するに際し、その荷台後部が歩道上の車道寄りの位置に存在する街路樹等の障害物に接触してこれを倒伏し、そのため人身に被害を生ぜしめるような事態が発生することは容易に予測し得たものであり、したがつて、自車左後方の歩道付近の状況に注目し、右のような障害物を発見したときは加害車両がこれに接触することのないような仕方でハンドル操作をするなどして本件のような事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負つていたものというべきである。しかるに、同被告はこれを怠り、加害車両が歩道上の柵(ガードレール)にのみ気を取られて、被害木が歩道上のガードレールよりも車道寄りの位置に立つているのに気付かないまま、加害車両を前記のとおりの方法で後退させた過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により後記認定の損害を賠償する責任がある。

二  被告会社が本件事故当時加害車両を所有していたことは当事者間に争いのないところ、本件事故が加害車両の運転者であつた被告上村の過失によつて発生したものであることは前記のとおりであるから、被告会社の抗弁(自賠法三条但書の免責)を採用しえないことは明らかであり、したがつて、被告会社もまた、自賠法三条により後記認定の損害を賠償する責任がある。

第二被告大阪市の責任

請求原因1の事実(本件事故の発生)及び被告大阪市が公の営造物である被害木の管理者であることは当事者間に争いのないところ、原告は、被害木は街路樹として通常有すべき安全性を欠いていたものであると主張し、被告大阪市はこれを争うので、以下、この点について検討することとする。

一  被害木の腐敗の有無及びその程度

1  成立に争いのない乙第三号証、証人吉田弘の証言により真正に成立したものと認められる丙第四号証、検丙第三号証の一ないし六、証人吉田弘の証言及び被告上村本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 被害木は、地上高約六・五メートル(この点は当事者間に争いがない)。幹の根元部分の直径約四九センチメートル、地上約一・二メートルの部分の幹の直径(胸高直径)約三六センチメートルの街路樹(カロリナポプラ)で、終戦後間もなく本件事故現場に植栽されたものであるが、事故当時は、前記認定のとおり車道側(南側)にやや傾いた形で立つており、かつ、歩道側(北側)の幹はその根元から高さ約六五センチメートルの部分において幅約四〇ないし二六センチメートルの範囲で樹皮が剥離し、幹自体がえぐり取られたようになつて損傷していた。

(二) 本件事故によつて倒伏した直後の被害木は、歩道側(北側)の根がほぼ全部地表付近で引きちぎられたように剪断され、車道側(南側)に倒れた幹の根元部分にも幹と一諸に引き抜かれた状態の根はほとんど付いておらず、引き抜かれたわずかの根も別紙街路樹見取図のとおりの状態で、地表近くでの根回り約三九センチメートル及び同約五三センチメートルの太い根が腐つたり空洞化しており、幹の根元自体もその内部が一部空洞化していた。

以上の事実であつて、検丙第三号証の三は、前掲乙第三号証中の事故直後に撮影された被害木の写真に照らし事故前の被害木の立つていた状況を正確に再現した写真とは認め難いので右認定を動かすに足らず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

2  さらに、証人寺田正男の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる丙第八号証によれば、次の事実が認められる。

(一) 一般に樹木の根は、そこから養分・水分を吸収することにより樹木の生命を維持する働きをするほか、物理的にその地上部分を支持する働きもするのであり、樹木を倒伏させようとする水平方向の外力が加わつた場合でも、その外力の作用する側の根系には牽引力が、その反対側の根系には屈曲抵抗力がそれぞれ働いて樹木の倒伏が防止されている。したがつて、樹木の根系が健全に生育している場合には、直径二センチメートル以上の根を根株とともに引き抜くだけの強い外力を加えるのでなければ樹木が倒れるようなことはないが、樹木の根が地表付近で腐朽しているときには、外力によつて根系が地表近くで容易に引きちぎられ、剪断されるため、それだけ地上部を支持する力が弱くなる結果となる。

(二) 本件事故当時における被害木の根系状態は前記のとおりであつて、その腐朽の程度は、車道側の根だけみれば約三〇パーセントであるが、歩道側の根については約六〇パーセントに達していた蓋然性がある。

以上の事実であつて、右認定の事実及び前期1の(二)に認定の被害木の倒伏時の状態に照らせば、本件事故当時、被害木の根系はかなりの程度腐朽し地上部分を支持する力が弱くなつていたものと推認するのが相当である。

もつとも、証人吉田弘の証言によれば、本件事故の翌日、被害木がまだ現場の歩道上に残されていた時点で、被告大阪市の西部方面公園事務所の担当者が此花警察署の担当官から、本件事故が後日法的紛争の種になることがあるかもしれない旨の示唆を受けていたにもかかわらず、その数日後に、被告市側がこれを焼却してしまつたため、被害木は現存していないことが認められ、したがつて、その腐朽の状態及び程度を現物について的確に認定することは困難であるけれども、被害木消失に至る右のような経過は、前記推認を強めこそすれ、これを覆えすに足るものということはできない。

二  被害木の安全性

公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうものであり、通常有すべき安全性とは、通常予想される危険に対する安全性を意味するものというべきところ、証人吉田弘の証言によれば、車道上を運行する車両の運転者が、その運転操作の誤りにより、歩道上車道に近接した位置に植栽されている街路樹にこれを接触・衝突させるようなことは珍しくないことが認められるのであつて、右のような事態は通常予想されるところというべきであるから、歩道上の街路樹としては、常軌を逸した車両の運行方法による強大な外力に起因する場合は格別、通常の運行方法による車両との接触・衝突くらいのことでは容易に倒れない程度の強度を保持しているのでなければ、その倒伏によつて周囲の道路利用者の身体等に危害を及ぼす危険に対する安全性、したがつて通常有すべき安全性を欠くものといわなければならない。

しかるに、本件事故当時、被害木の根系がかなりの程度腐朽し、地上部分を支持する力が弱くなつていたことは前記のとおりであり、かつ、被告上村が歩道と接続した本件車線上に加害車両を停車させるため、時速約五キロメートルの速度で左にハンドルを切りながら加害車両を後退させるというごくありふれた方法によつてこれを運行し、停車間際に被害木に接触させた結果、これが倒伏するにいたつたことはいずれも前記のとおりであるから、本件事故は、被害木が通常有すべき安全性を欠いていたために発生したものであり、被害木の管理には瑕疵があつたものと認めるのが相当である。

以上の点につき、被告大阪市は、被害木は、本件事故の約半年前に近畿地方に来襲した最大瞬間風速二四・七メートルの暴風雨を伴う台風の際にも倒れず、また、約二か月前に実施した被害木の剪定の際もなんら支障は生じなかつたものであるから、街路樹として通常有すべき安全性に欠けるところはなかつた旨主張し、証人吉田弘の証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる丙第一号証、第二号証の一、二、第三、第四号証によれば、右主張事実を認めることができるけれども、たとえ右のような暴風雨や剪定の際の外力に耐えるだけの強度を保持していても、通常予測される車両との接触・衝突による外力に耐えられるだけの強度を保持していなければ、街路樹として通常有すべき安全性を備えているものということができないことは前説示のとおりであるから、被告大阪市の右の主張を採用することはできない。

さらに、被告大阪市は、加害車両によつて被害木に加えられた外力は約六・六トンという予想を遥かに超える強大なものであつたのであるから、これに耐えるだけの強度を備えていなかつたからといつて、通常有すべき安全性を欠いていたものとはいえないと主張するので考えるに、成立に争いのない丙第八号証、第一〇号証の一ないし四及び証人寺田正男の証言によれば、次の事実が認められる。

(一)  被害木と同様の環境下に植栽された歩道上の街路樹(カロリナポプラ)六本を調査対象として、車輪式トラクターシヨベルのフツクに取付けられたワイヤーロープによつて調査木を牽引し倒伏させるという方法により、調査木の有する最大張力(支持力)を調査する実験を実施した結果、被害木とその大きさが近似する二本の調査木について、別紙実験結果表のとおりの実験結果が得られた。

(二)  加害車両が時速五キロメートルの速度で後退した場合にその駆動力によつて停止した物体を押し出す力は約一・九トンであり、同一の速度で停止した物体に衝突した後〇・二秒で停止するまでの間に右物体に加えられる衝撃力(運動エネルギー)は約六・六トンである。

右認定事実によれば、約六・六トンの外力が想像を絶するような強大な外力であるとは考えられないばかりでなく、前記認定のとおり加害車両が後退中停車直前に被害木に接触しているところからすれば、接触時点における加害車両の速度は時速五キロメートルをさらに下回り、それだけ被害木に加えられた衝撃力も軽微であつたと推認されるので、その接触の態様とも相俟つて、本件被害木の倒伏が通常予測しえないような強大な外力が加えられたことに起因して生じた結果とみることはとうていできないといわざるをえない。

また、右認定事実によれば、かりに被害木の根系が健全に生育していたとすれば、その地上高約一・九メートルの位置における支持力は二・七二六四ないし二・九五三六トンであつたと推認することができるので、時速五キロメートルの速度で後退する加害車両による外力が直接被害木に加えられたとしても、被害木の根系が健全でありさえすれば、これが倒伏するようなことはなかつたものといわなければならないのであつて、右事実はいずれも、本件事故が通常有すべき安全性を欠いていたために発生したものであるとの前記認定を左右するに足るものということはできない。

そうすると、被告大阪市もまた、国賠法二条により後記認定の損害を賠償する責任があるというべきである。

第三損害

一  治療経過及び後遺障害

成立に争いのない甲第一一号証、第一四号証の一ないし六及び証人岡本昭次郎の証言によれば、原告は、前記受傷のため請求原因3(一)(1)ないし(4)のとおりの経過で入院治療を受けたこと、原告の症状は昭和五九年二月二八日固定し、原告にその主張のとおりの内容・程度の後遺障害が残つたことがそれぞれ認められる(右入院経過及び後遺障害の点については、原告と被告上村及び被告会社との間においては争いがない。)。これによれば、原告の後遺障害は、自賠法施行令二条別表に定める第一級三号(「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」)に該当し、原告はこれによりその労働能力を全部喪失したものといわなければならない。

二  治療費等

成立に争いのない甲第一七及び第一八号証の各一、二によれば、請求原因3(二)の事実(室料差額、車椅子・装具代の支出)が認められる。

三  入院雑費

原告が前記受傷の治療のため三九四日間にわたり入院治療を受けたことは前記のとおりであるから、経験則上その間一日当たり少くとも一〇〇〇円の割合による雑費の支出を余儀なくされたものと推認するのが相当である。

四  休業損害

成立に争いのない甲第一二号証、証人岡本昭次郎の証言により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証及び同証言によれば、原告は、本件事故当時、大阪市立泉尾工業高等学校の定時制四年に在学中の健康な男子高校生(昭和三九年三月二〇日生)であり、通学の傍ら昼間はアゲハ産業株式会社に勤務し、昭和五七年一一月一日から翌五八年一月三一日までの九二日間(実働七一日)に四二万九一九四円の給与の支給を受けていたこと、原告が前記受傷のため事故の翌日である昭和五八年二月一日から症状固定日である翌五九年二月二八日までの三九三日間全く就労することができず、給与の支給を受けることができなかつたことが認められるので、原告が右期間中に喪失した得べかりし給与所得の額は一八三万三三四五円となる。

429,194÷92×393=1,833,345(円)

五  逸失利益

成立に争いのない甲第八、第九号証及び証人岡本昭次郎の証言によれば、原告は、本件事故当時、既に立命館大学二部勤労者特別入学試験に合格し、昭和五八年四月以降同大学二部理工学部材料コースに進学する予定であつたことが認められるから、本件事故に遭わなければ、大学卒業後二三歳から六七歳まで就労可能な四四年間にわたつて毎年少くとも昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計二〇歳ないし二四歳男子労働者の平均年間給与額二四六万九二〇〇円に相当する収入をあげえたものと推認すべきである。そこで、原告が失うことになる収入総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、その逸失利益の前記症状固定時(当時原告は一九歳)の現価を算出すれば、五〇七七万一六九〇円となる。

2,469,200×(46.1263-3.5643)=50,771,690(円)

六  将来の介護料

前記のとおりの原告の後遺障害の部位・程度に照らせば、原告は、前記症状固定時以後その平均余命である五六年間(昭和五九年簡易生命表一九歳男子の平均余命)にわたり、日常生活の起居動作につき常時他人の介助を必要とし、そのために少くとも毎月一〇万円の割合による費用を要するものと推認するのが相当である。そこで、右期間の介護料総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、その症状固定時の現価を算出すれば、三一六〇万二四八〇円となる。

七  慰藉料

原告の受傷及び後遺障害の程度、その他本件証拠上認められる諸般の事情を斟酌すれば、本件事故によつて原告が被つた精神的、肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は一八〇〇万円が相当である。

八  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告が、本訴の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等の諸事情に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、五〇〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、民法七〇九条に基づき被告上村に対し、自賠法三条に基づき被告会社に対し、国賠法二条に基づき被告大阪市に対しそれぞれ前記第三の二ないし八の合計一億〇七八二万七六八五円から原告の自認する請求原因4の既払額を控除した八四二六万八四七三円の損害賠償金とこれに対する本件事故の後である昭和五九年一一月八日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 山下満 橋詰均)

別紙(一) 実験結果表

<省略>

別表(二) 街路樹見取図

<省略>

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